八幡山で雪遊び 本編①
2月24日、八幡山へ雪遊びに行ってきました。序編は
こちら からどうぞ。
またもや降り始めた雪の中、わずか4分でロープウェイは山上の駅に到着。駅名は八幡城址となっており、山上はその名の通り全体が八幡城の遺跡で、展望台・売店の建つ二の丸跡や北の丸・西の丸・本丸跡を1周約30分で巡れるようになっています。
八幡城は、豊臣秀吉の甥で後に秀吉の跡を継いで関白となった豊臣(羽柴)秀次の居城です。1585(天正13)年、秀次は近江43万石を与えられ、八幡城を築くと共に八幡堀を掘削、3年前に焼けた安土城下の住民を移住させて町割するなど、城下町の建設と発展に尽力したといわれます。1590(天正18)年、秀次は小田原征伐の軍功により尾張・伊勢の100万石を与えられて尾張清洲城に移り、代わって京極高次が対岸近江高島の大溝城から2万8000石をもって八幡城主となります。高次は1695(文禄4)年に大津城に移りますが、その時に八幡城は築城後わずか10年ほどで廃城となっています。
さて、山上の駅に降り立ちまず向かったのは、二の丸跡に建つ展望台です。ここからは、近江八幡市街や観音寺山・安土山方面が見渡せるのですが、ガスってて良く見えません>< 積雪は、さすがに下より多いようで15cmくらいはありました。雪は降ってるというより、下から巻き上げられるのか水平に向かってくる感じでした。
ちょっと雪玉つくったりして遊んでると、薄日が差してきました。下界もさきほどよりは良くみえるように。この機を逃してはと、琵琶湖方面が見える北の丸・西ノ丸跡の方へ移動開始。
雪で埋まった階段や、重みで垂れた枝のトンネルなどあれやこれやの雪道を抜けて、
北の丸跡に到着。写真は長命寺山です。
眺望案内の写真板がありました。当日の状況と比べるとこんな感じ。
撮影もそこそこに、西の丸跡に向かいます。西の丸の方が北の丸より広くて眺望もいいです。
ここにも眺望案内板がありました。当日は残念ながら対岸比良山系は見えませんでした。
全体的な眺望はこんな感じ。
ひとしきり眺望を撮影した後、しばらくここで雪遊びをすることに。(
続く ^^;)
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